ローマ教皇庁のヒトゲノムに関する国際会議に出席して

平成17年11月17日〜19日、於バチカン

 ローマ教皇庁医療司牧評議会の第二十回国際会議が十一月十七日から三日間バチカン市国で開催された。今回のテーマは「ヒトゲノム」だった。 昨年と同様に、発表者の多くはバチカン近傍の同じホテルに宿泊し、食事も一緒だった。バチカンとイタリアとの国境には目印の石があり、 ミケランジェロがデザインした制服姿のスイス兵が立っていて国際会議の名札を着けていないとバチカン側へは入れない。

国境のイタリア側では機関銃をもった警官が警備していた。会議場は階段状に配置された各座席にイヤホンとマイクと折り畳みの書記台が付いている。 ガラス張りの同時通訳室が五つあり、会議ではイヤフォンを通してイタリア語、スペイン語、フランス語、英語の四カ国語から選んで聞くことが出来た。
八十一ヵ国から約七百人が参加した。最初に医療司牧評議会議長が挨拶し、ヒトゲノムに関する科学の現状を総括して会議全体の構成を述べた。パワーポイントを用いてスクリーンに科学論文の引用等を写し、まるで大学で生物科学の講義を聞いているような感じだった。あらためてカトリック神父の教養の高さに感心した。続いて、遺伝学の現状、ゲノム研究、染色体異常、単一遺伝子疾患、多因子疾患、癌関連遺伝子、医学的患者支援等について講演があり、午後一時から昼休みとなった。
 午後の部は四時からで、母子医療、遺伝子検査、集団的遺伝子スクリーニング、遺伝子治療等の講演に続いて、ユネスコから生命倫理の講演があった。この話を聞くまで私は、ユネスコというと遺跡保存や教育の国連機関という印象を持っていて、生命倫理との関連は知らなかった。実際はユネスコが中心となってWHO等他の組織と協力し国際生命倫理委員会(IBC)が一九九三年に発足したようだ。医療の現場に人文関係者の関わりが少ない日本の現状が、私の間違った印象の原因と思われた。ユネスコの講演者ヘンク・テン・ヘイヴ教授とは夕食で同じテーブルだった。彼は来月日本に来ると言っていた。IBCの総会が上智大学で開かれるのだそうだ。(帰国後申し込みをして私も参加した)
 会議二日目の朝は遺伝学の歴史で始まり、キリスト教的遺伝学解釈、遺伝子医療倫理、リベラル優生学、宗教的ケアと遺伝病予防の講演があった。そして午後四時から宗教間対話の時間となった。演者は評議会議長や司会者と共に横一列に並び、各自の前に置いてあるノートパソコンを利用する。パワーポイントのデータを入れたUSBメモリーを朝手渡したところ、その場で直ぐに問題なく使用可能と確認できた。ユダヤ、イスラム、ヒンドゥー、仏教、ニューエイジの順番だった。発表は時間厳守で、制限時間三分前になると大きな音でベルが鳴る。ところがヒンドゥーの女医は何度もベルが鳴ってもひるまず、十分以上余分に話した。私は原稿の省略できそうな部分に印を付けて、結局早口で読んだ上にかなり省略せざるを得なかった。宗教間対話の後、遺伝学と新文化、キリスト教的見解、自由と責任についての講演があった。
 会議三日目は遺伝子医療と倫理委員会についての講演で始まり、遺伝子疾患予防、社会的影響、経済関連、遺伝学司牧教育、医療カウンセリング倫理と続き、午前十一時に終了した。
 会議終了後に新教皇ベネディクト十六世の謁見があった。全員バチカン市国の中を歩き、クレメンスホールでの謁見だった。私は最前列の席に案内された。まず教皇の言葉があった。次に教皇庁聖職者十名位と教皇は握手をした。次が会議参加者の番で私は三番目だった。教皇は私に「ゴッド・ブレス・ユー」と言った後、私を紹介した医療司牧評議会議長に何か言って笑った。改良服姿の私が念珠を持って合掌したのを見て、仏教徒にゴッド・ブレス・ユーと言ってしまったと笑ったのではないかと私は想像した。教皇を中心に写真撮影をして解散となったが、会議参加者は互いに写真を撮りあって暫くバチカン内に止まっていた。気づいてみると私達は最後になっていて、スイス兵に促されて出口に向かった。別れ際にリスボンの参加者から、私の講演が問題解決のヒントを与えてくれたと感謝され、気分良くバチカンを後にした。