21世紀高野山医療フォーラム(第2回)

2006年5月21日
医療者のみるいのち 宗教者のみるいのち その統合の可能性

講演3「医療と宗教」 西明寺住職・普門院診療所内科医師 田中雅博

 みなさま、こんにちは。真言密教の僧侶で、内科の医者の田中雅博です。
このスライドはフォーラムという古代ローマの遺跡、「広場」です。ローマの中心部から少し南に行ったところにあり、ここで話し合いが行われました。 今日のこのフォーラム会場も、大阪の中心部よりも少し南側に位置しているようです。

 私は良いものを選ぶ方法として二つの方法があると考えています。 一つは科学です。これは反証可能性と言いまして、間違っているかどうか、これを実験と観測で検証するわけです。  一言でいいますと、「世界規模の間違い探し」ということになるかと思います。ここで扱えるのは聞違っているということが、実験と観測で検証できる事だけです。 従いまして、人の生き方とか、自己の命の価値、もしくは倫理といったものは非科学的なものです。答えは一つでなくてたくさんあります。 非科学的なもので、よいものがどうやって選ばれるかといいますと長い時間をかけて選ばれてまいります。こうして選ばれた言葉が古典です。 だから古いものほど、よく選ばれたものということができます。

 現代医学は科学です。以前は西洋医学とか東洋医学とかいうものがありましたが、現在は東洋も西洋もなくて世界中同じ土俵上で間違い探しをしています。 この現代医学が一番信頼できる医学ですが、現代医学で扱えるのは間違っているかどうかを検証できる事に限られます。

 これは医学論文索引です。世界中の主な医学論文がここに載っています。それらの膨大な論文の総体こそが現代医学です。

 これはローマの地図ですが、古代のフォーラムがこの辺にありました。左上方にローマ法王のいらっしゃるバチカンがありまして、 ちょうどその二つの中間に花の広場というところがあります。

 ここにガリレオ・ガリレイと同時代の人で、同じようにコペルニクスの地動説を唱えて火焙りの刑になった人がいます。 ジョルダノ・ブルーノという人ですが、この火焙りになった場所に銅像が立っています。

 ガリレオは裁判で自分の主張が「間違っていました」と言って火焙りの刑を免れたわけです。 ガリレオにとって、ガリレオ自身の命と比べて自分の論文の方が価値がなかったことになります。 歴史上最初に科学を始めたと言っても良いような人物が「間違っていました」と言ったということは、反証を条件とする科学の誕生において象徴的な出来事だと思います。 この裁判を執行したのはローマ法王庁であり、前法王であるヨハネ,パウロ2世はガリレオ裁判の間違いを認めて、ガリレオに謝罪しています。 4百年も前の間違いを謝罪したわけです。

 ガリレオが著した『星界の報告』の弁明をした人がいます。カンバネッラという人です。35年近く牢屋に入っていましたが、牢屋の中で「ガリレオの弁明」という本を書いています。 言い換えれば、この人にとっては自分の命より大事なものがあったわけです。たとえ火焙りになってもという覚悟でガリレオを弁護したからです。 この人はキリスト教のお坊さんですので、キリスト教が自分の命より大事な価値だったのでしょう。 自分の命より大事なものがあれば、それをその人の宗教という、そういう言葉の使い方があります。
 宮沢賢治さんの児童小説『銀河鉄道の夜』はカンバネッラを探す旅の物語です。

 医療の根拠として、もちろん医学という科学があります。実技もあります。それに加えて非科学的な側面の根拠としては、やはり古典が根拠になります。 例えば、ソクラテスの弁明です。ソクラテスは裁判で「間違っていました」と言えば、死刑にはならなかった。 しかし、ソクラテスにとってはソクラテスの哲学、これはソクラテス自身の命よりも大事だったわけです。だから裁判で「間違っていました」と言いませんでした。 その結果多数決で百何対三百いくつでしたか、有罪で死刑になりました。ソクラテスの哲学はソクラテスにとっては宗教だったのです。
 このソクラテスの裁判の問題点を指摘して自己決定権ということを言ったのがジョン・スチュアート・ミルです。 情報を知らされた上での自己決定権が現在の生命倫理の中心になっておりますが、ソクラテスの裁判を例にとって、 民主的で正当な裁判であっても、多数決がいいとは限らないことを示したのです。

 1998年にアメリカとソビエトの間で衛星通信を用いて「癌サミット」というものが行われました。まだソビエト連邦があった時代です。 ソビエトのがん学会会長であったニコライ・ナパルコフ博士は「本人には癌の病名を知らせない」と言いました。ところがアメリカ側は「癌の告知は当然」と言うわけです。 アメリカとソビエトで最も大きな違いは、病院に宗教的ケア担当者がいるかいないかです。

 もちろん現在では、医療倫理の根本原則は「説明と同意」、これは情報を知らされた上での自己決定権の尊重ということです。 具体的には、ナチスの人体実験を裁いたニュルンベルク綱領、ここで説明を受けた上での「自発的同意」ということが取り上げられまして、 そして科学者の宣言としてのヘルシンキ宣言、ここでは社会的な価値、もしくは科学のためということよりも、被験者の利益の方を優先するという原則ができました。 その後、通常の臨床現場においてもインフォームド・コンセント、説明と同意、を尊重するというリスボン宣言が行われました。 ヘルシンキ宣言は科学の研究における宣言であり、現在も、医学という科学には人体実験が必要で、最終的には必ず人体実験をすることになりますが、 その場合の倫理委員会の一番重要な原則になっています。もちろん何度も改訂されております。 こういった宣言、もし全文を知りたい場合には、私のホームページを探していただければ、そこに翻訳を載せてあります。

 これはリスボン宣言の抜粋ですが、「本人は知る権利が有る。また、知らされない権利も有する。」とされており、 これを保障するためにはあらかじめ本人の意思を確認しておかなければなりません。 現代医学で治せないような病気、例えば進行した癌、そういった場合でも貴方本人に病名を知らせてもよろしいですか、私たちはこれを文書で必ず確認しておくようにしております。 守秘に関する権利として、「たとえ家族であっても、本人の個人情報は、本人が承諾している場合でなければ、知らせてはいけない、亡くなられた後も知らせない。」とされていますが、 日本ではかなりおろそかにされております。本人に内緒で、癌の病名が家族に知らされるということもいまだにあるようです。 また、「宗教的な支援を受ける権利、それを辞退する権利も有する。」とされていますが、これは残念なことに医療の先進国では日本だけが保障されていない権利だろうと思います。 実際に日本では、お坊さんが病院の中にいないのです。

 これはローマの地図ですが、ここにテベレ川という川が流れておりまして、そこにティベリーナ島という中洲があります。

 古代ローマの時代からティベリーナ島は病院です。現在の病院の建物は六百年ほど前に作られました。

 真ん中のこの方は、この病院の院長で、神父さんです。向かって左のこの方も神父さんで、スピリチュァルケアワーカーです。 彼らは八年間大学で勉強して、スピリチュァルケアワーカーになります。病院の中には必ずスピリチュァルケアワーカーがいます。 法律で百ベッドに一人置かなければいけないと決められているのだそうです。 神父さんだけでなく、哲学科出身の方や心理学出身のスピリチュァルケアワーカーも数は少ないけれどもいらっしゃるということです。

 病院入り口近くの一番いい場所に、このようなすごい礼拝堂があります。礼拝堂はここだけではなく、病棟にもあります。

 四階病棟の側の礼拝堂です。 スピリチュァルケアワーカーの仕事として、患者さんや家族の非科学的な苦悩に対応するということ以外に、医療従事者の苦悩に対応するということがあるそうです。 ここで、スピリチュァルワーカーの方にどちらの方が多いか聞いてみますと、割合では六対四で医者や看護師といった医療従事者の苦悩に対応する方が多いとおっしゃっていました。

 今日はこの後、シンポジウムを行う予定になっております。シンポジウムという言葉の語源は、プラトンが書かれた『シンポジウム』という本、ここから来ております。

 シンポジウムは「お酒を一緒に飲む」というのが本来の意味だそうですが、ワインを飲みながら、一つの話題、エロス、愛について話し合っています。 エロスというのは性愛、男女の愛のことです。

 ソクラテスは、「貧困の女神が豊富の神を夜這いして、そして産んだ子供がエロスだ」という話を聞いたと言っております。 「だからエロスは父親と母親の間を行ったり来たりしている、不満足と満足の間を行ったり来たりする哲学者である」と、そういうふうに言っております。

 お釈迦様が、もし参加していたらどう言うだろうかなと考えてみました。お釈迦様は、愛に関して、「愛というものは苦しみの原因である」と言っております。 ここで苦という言葉は「思い通りにならない」という意味の梵語の翻訳です。 つまり、思い通りにしたいという思いから、思い通りにならないという、そういう苦しみが生じる。思い通りにしたいという思いを「渇愛」と言います。 のどが渇いたときに水を欲しがるような、そういう欲望が「渇愛」です。ちなみに、愛という言葉は、伝統的にはあまり良い意味には使われてなかったようです。 明治以降に外国語(アガペー、フィリア)の翻訳で「博愛」や「親愛」という訳語が作られて、最近では良い意味で使われるようになりました。

 お釈迦様が説いたのは、四つの真理と言いまして、苦しみ、苦しみの原因、苦しみの治癒、そしてその治療法と、このように医療になぞらえて教義を説かれました。

 苦、四苦八苦というのが病気です。これは生老病死の四苦、そして愛別離苦など、そういう苦を全部第八の苦にまとめて「五取蘊苦(ごしゅうんく)」と言います。 要するに、自己への執着が苦であるとお釈迦様は説かれました。これがいろいろなお経に出てくる、色、受、想、行、識という五蘊であり、我という五つの執着に苦は総括されます。 自己存在への執着であり、現代の医療現場でスピリチュアル・ペインと呼ばれている苦しみに相当します。

 苦しみが生まれる原因、これが渇愛です。思い通りにしたいという思いです。これには根本的に三つあります。 子供を作る生殖に関する欲望、生きていたいという生存の欲望、死にたいという欲望、これは現代生物の三要素(生殖、動的平衡、死)に対応しています。 子供を作ること、生きていること、そして死ぬこと、人間の設計図である遺伝子の中に、これらの渇愛が書き込まれているのです。

 そして、その遺伝子に支配された状態(すなわち輪廻)よりも、もっといい生き方があるとお釈迦様は覚ったわけです。 そして渇愛が制御された状態、これを涅槃といいます。そのように渇愛を制御して生きる生き方が仏道です。

 自分というこだわりがなくなると、他人を自分と差別しない心、慈悲が生まれます。 筏の比喩といいまして、苦の此岸から楽の彼岸に渡るために筏を使ったけれども、向こう岸に渡ったら筏を捨てる。同様に彼岸に渡れば仏教も捨てる。 仏教は仏教自身にも執着しない。他の宗教も平等に肯定する、という譬えです。

 仏教の決まり文句ですが、色、というのはこの身体、目に見えるものをいいますが、必ず年をとって病気になって死んでしまう。 これは思い通りになりません。すなわち苦です。思い通りにならないものは、自分のものではないだろう。自分の思い通りになるから、自分のものといえるのだから。 苦なるもの、思いどうりにならないものは、我がものではない。この身体でさえ、我というものに所属するものでないならば、我に所属するものなどどこにも無いではないか。 我と他を分けるものが無いならば、他人を自分と差別しない、平等という智恵が生まれます。

 外国語の翻訳でいう平等と意味が違います。 アダムスミス以来の「競争に参加するチャンスの公平性」という平等と、「他人を自分と差別しない」という平等、漢字で書かれた伝統的な意昧は後者です。

 こういった考えから、あらゆる生き方の平等ということで、曼茶羅という考えが生まれます。他人を差別しないのでいろんな宗教が仏教には含まれているわけです。 弘法大師は、秘密曼茶羅十住心論という著作をあらわして、無数にある人の生き方を、たまたま十項に分けました。その中心の仏の立場からすると、全ての生き方が平等となります。

 仏教と医療の関わりというのは古くからありました。 世界で初めての本格的な薬草園を作ったアショー力王、この人はお坊さんに薬を持たせて、仏教を現代の仏教文化圏に広めました。 仏教僧侶は、薬で体の苦痛を緩和して、仏教で死ぬという、自分の存在が亡くなるという苦しみを緩和したわけです。こういうふうにして日本にも仏教は伝わってきました。

 玄奘さんという人は西遊記のモテルになった人ですが、西遊記の玄装三蔵と本物はかけ離れておりまして、凄い人です。 この人がたくさんのテキストを持ってきまして、それを日本から行った道昭さんが、玄装さんのところで十年間直弟子として一緒に勉強しました。 その弟子の行基さんが日本で社会福祉活動、現在の言葉で言うとNGO活動を展開しました。この辺が日本の仏教文化の歴史です。

 官立のお寺の最初は、この会場の近くの四天王寺で、四箇院がありました。 聖徳太子が作ったとされておりますが、仏教を勉強して修行する「敬田院」、そして「施薬院」、薬局のようなところです、それから「療病院」、病院です、「悲田院」、福祉施設です。

 こういうものが日本のお寺の始まりであり、それがずっと続いてきたわけです。 明治維新で大きく変わってしまいましたが、日本の仏教の特徴として臨終行儀というものが発達しました。 残念なことにこれは今、亡くなった後にお葬式として行っております。これは言ってみれば、手遅れの状態で、本当は亡くなる前にしないといけないわけです。

 宗教という言葉があります。外国語で言う「religion」という言葉は「再び結ぶ」という意味があります。 このフォーラムの「生と死が手を結ぶ」というテーマと関係するかと思いますが、 このテーマも以前は一緒にあったものが、離れてしまったのをまた結ぼうというフォーラムの目的もあるかと思います。 この漢字で書かれた「宗」と「教」。いろんな意味があるかと思いますが、代表的なものとしては、「教」というのはテキストで、言葉で話せばわかるという内容のものです。 ところがどうしても読んだだけでわからないという部分「宗」があります。これを秘密と言いまして、師資相承、師匠から弟子へ受け継がれていくという内容のものです。 日本の文化はほとんどが密教化してしまいまして、茶道とか華道とか、書道、能、俳句、絵画、みんな師資相承になってしまいました。 日本の文化の特徴だと思います。読んだだけではわからないものが確かにどんなものにもありますので、それは当然と言えば当然のことかもしれません。

 この秘密という言葉が現在、何かを隠すというような意味で使われていますけれども、本来は違った意味です。 言葉による伝達が難しいことを秘密と言います。言葉の解釈と言うのは追体験によります。 例えば、梅干がすっぱいというのはよく例にされますが、梅干を食べたことのない人に追体験してもらうには「塩をかけたレモンのように」と比喩を用います。 比喩や真言が経典にたくさん出てくるのは、追体験を促すためです。そして、追体験に深い禅定体験を要する言葉、これを秘密と言います。 ですから高野山で修行をする、これは秘密を解釈するために修行するわけです。こういう部分が宗教の「宗」という部分です。

 「治る胃がんと死に至る胃潰湯」、こういう文献があります。 これは非常に皮肉な題名ですけれども、二〇年以上前の論文で、アメリカから来た医者と社会学者が、日本の大きな病院から小さな医療機関までよく調べて報告しています。 そこで、日本の文化の特徴として「曖昧さ」とか「秘密」を問題にしています。こういう特徴の形成に影響を与えたかなり大きな部分が、高野山にあると思います。 こういう特徴のために、日本の病院では患者本人に本当のことを話さないと指摘されています。 ところが、この文化を創った当時には社会の中に密教もありましたし、その他の仏教もあったわけですが、 明治維新の廃仏以来、仏教が除かれてしまった結果、スピリチュアルな部分を欠いた形式的な曖昧さとか秘密、こういう文化が日本に残ってしまいました。 残念なことに、こういうスピリチュアルな部分を担当する人が現在日本の病院の中にいません。 治らないという場合に本当のことを告げたら、お坊さんがいないから後が困る、こういう状況が起きてしまっているわけです。 うそをついていれば、お坊さんはいなくてもいい。命が無くなるという問題に対して、この部分を扱うのが宗教なわけです。

 グリーフ・ケア、死別悲嘆の支援ですが、これは世界的に看護師とかケースワーカー、心理療法士、宗教家、医師、こういった人たちが協力して、亡くなる前から行われています。 このグリーフ・ケアのカンファレンスが、日本では多くの病院で宗教家がいないままに行われています。 この「生と死が手を結ぶには」ということについて、一つの方法として菩提寺のお坊さんにグリーフ・ケアのカンファレンスに参加していただく、 こういうことを進めていくと時間はかかるでしょうけれども、問題解決の糸口になるのではないかと常々考えております。 現状はどうかといいますと、患者さんが亡くなると、お寺に報告がいきます。場合によっては葬儀屋さんから連絡がいくこともあります。 しかし、それでは手遅れなんです。生きていたときからケアに参加していないと、しっかりとしたお葬式もできないでしょうし、もちろん法事もできない。 また、法事とか、お葬式に医療関係者が参加するということも非常に少ないわけです。
 御清聴ありがとうございました。