認知症終末期におけるスピリチュアルケア

老年精神医学雑誌22:1398-1404,2011(許可を得て転載)

ここをクリックすると別刷のpdfファイルが開きます

西明寺・(医)普門院診療所内科 田中雅博


抄録

 認知症の緩和ケア・スピリチュアルケアについて私見を記した。 一度獲得した知的能力が失われてゆく苦しみは、自己存在の喪失に関わる苦しみであり、すなわちスピリチュアルペインである。 認知症患者の不安の根底にはピリチュアルペインがある。そして、日本の伝統的文化や習俗の基になっている仏教は、本来スピリチュアルケアであった。 看病禅師と臨終行儀の歴史があり、安心(あんじん)を与えるケアが行われてきた。

キーワード
 緩和ケア スピリチュアルケア インフォームドコンセント 事前指示 追善供養

緩和ケア・スピリチュアルケア

 2004年11月、緩和ケアに関するローマ教皇庁国際会議に出席した。 会議は3日間で77ヵ国から758名の参加であった。実質的には医療に従事しているカトリック宗教者の勉強会である。 招待講演者は皆同じホテルだったので、筆者らは世界保健機関(WHO)緩和ケア担当女医と世間話をしながら食事をした。 日本では緩和ケアを単なる身体的苦痛緩和と誤解される傾向があるが、鎮痛等は緩和ケアの準備段階にすぎず、心髄はスピリチュアル・ケアである。 WHOでは緩和ケアを「身体的、心理的、そしてにスピリチュアルな痛みと苦悩の予防および緩和」であり、 「命を脅かす病気で悩む患者と家族のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)を改善する方便」と定義し、 そして「最終的に死に至る病の過程で可能な限り早くから開始すべき」としている。1)

 死に至る病の過程で出現する痛みと苦悩には、身体的苦痛に加えて、他の動物とは違う人間独自の苦悩がある。 「自分が死ぬ」という、自己存在の喪失に関わる苦悩であり、これがスピリチュアル・ペインである。 身体的疼痛が強い場合には痛みに耐えているだけで他に余裕が無く、スピリチュアル・ペインも隠れている。 しかしオピオイドの適切な使用等で身体的疼痛が緩和されるとスピリチュアル・ペインが強く現れてくる。 認知症の場合には癌に比べて身体的苦痛が少ないのでスピリチュアル・ペインは強く出やすいと考えられる。

身体的苦痛をも増してしまった反省症例

 1998年、筆者らの医療法人が運営する老人保健施設にアルツハイマー型認知症の80歳女性が入所していた。 寝たきり状態で食事摂取も困難となったので、遠からず衰弱して死亡するものと考えられた。 本人は入所時既に説明を理解できなかったので、診療についての説明と同意は家族に行っていた。 内視鏡的胃瘻造設(PEG)は苦しむ時間を延ばす結果になると説明したが、家族は苦痛緩和よりも延命を希望したのでPEGを施行した。 患者は栄養不足での衰弱死を免れが、次第に手足を動かせなくなり、言葉を失い、体位変換のたびに痛そうな表情を見せた。 最期は痛みを耐えるだけの時間の延命となった。
 当時筆者らは認知症介護の質の向上のためにスウェーデンから指導を受けていた。 1999年春に招いたスウェーデン地方自治体高齢者福祉長と看護師は、この患者を観て、なぜPEGを行ったのかと筆者らを責めた。 スウェーデンでは、認知症患者を早期に発見し、理解や判断が可能な時期に病名告知を含めた説明を行って、 認知症が進行した数年あるいは十数年後に必要となる本人の自己決定の事前指示書を病院に保存するという社会システムが完成している。 そして、判断能力を失った認知症患者について認知症ケアのチームが会議を開き、本人の事前指示を確認してPEGや蘇生術を行わないことを決定するという。 認知症が進行して仮性球麻痺となった場合にPEGを希望するという本人の事前指示は皆無に等しいとのことだった。
 日本では認知症の早期診断・早期病名告知はほとんど行われていない。 本人の希望が確認できないまま家族の延命希望によって、苦しむ時間も延長されている。アメリカでも日本と同様の状況だ。 JAMAの論文によると仮性球麻痺の認知症患者(MDSのCPS6)が全米のナーシングホームに186,835名いて、 そのうち63,101名(33.8%)が経管栄養による延命を受けている。2)
 本人が理解および同意不可能の場合にはインフォームド コンセントを法定代理人から得る必要がある。 しかし日本では、法定代理人が多くの場合決まっていないのが現実である。 介護保険制度では契約が必要とされ、契約能力がない認知症を想定して成年後見制度が同時に作られた。 しかし、日本では「契約」という概念になじみが無く、成年後見制度を利用している認知症患者は稀である。 日本国憲法も社会契約説を基本にしているが、そもそも契約という日本語は明治時代に外国語の翻訳語として作られた言葉だ。 「結ぶ」(コン)「引っ張って」(トラクト)という意味の訳語として「契約」というキリスト教的な言葉が造られたようだ。3)
 筆者らがスウェーデンの看護師から指摘されたような認知症患者への虐待を防止するために、成年後見制度には期待できないので、 スウェーデンのように認知症の早期診断を社会的に徹底して、認知症の詳しい説明を行った上での事前指示を記録しておくことが望まれる。 事前指示書の保存場所としては、介護予防のために設置された包括支援センターが候補である。

科学、ヒューマニズム、宗教、そして自己決定権

 ソクラテスは、間違っていたと認めれば死刑にならなかった。 しかし間違いを認めず、死刑になることを選んだ。4)  もし自分の命より価値あるものがあったなら、それをその人の宗教と言ってよいだろう。 この意味でソクラテスの哲学は、彼にとって自分の命を超えた価値、宗教だった。 自分の命がなくなるという苦しみのケア(スピリチュアル・ケア)には、自己の命を超えた価値の存在は有用だろう。
 コペルニクスは神父で医者だった。彼は古代ギリシャの天文学文献を読んで『天体の回転について』を書いた。 ジョルダーノ・ブルーノはコペルニクス説を支持して火焙りの刑に処せられた。 ガリレオはジョルダーノ・ブルーノ火刑の10年後に『星界の報告』を出版した。 彼は死刑を免れるため、ジョルダーノ・ブルーノやソクラテスと違って裁判で間違いを認めた。 「間違いを検証する科学」と「科学が価値を捨てた」ことを象徴する出来事だ。
 現代医学は科学であり、インデックス・メディクスに載っている医学論文の総体ということができる。 科学は実験と観測で反証可能なことだけを扱う、いわば「世界規模の間違い探し」だ。 「間違っているかどうかを実験や観測で検証できること」に関しては、科学が最も信頼できる。しかし反証可能性は科学の限界でもある。 間違いか否かではない次元の問題、例えば自分の命という価値の問題や倫理の問題などは非科学の領域だ。そこでは良いものが残って選ばれ、古典となる。
 ジェレミー・ベンサムが引用して有名になった「最大多数の最大幸福」、この原則が不適切な例として、ジョン・スチュアート・ミルはソクラテスの裁判を挙げた。 公正な裁判であったが、最も尊敬すべき人を多数決で死刑にした。 そして「判断能力のある成人は、自分に関して、他人に危害を加えない限り、その選択が本人に不利であっても、自己決定権を有する」とした。5)  「情報を知らされた上での自己決定権の尊重」、すなわちインフォームド・コンセント(説明と同意)はニュルンベルク綱領、ヘルシンキ宣言を経て生命倫理の基本となった。 リスボン宣言には「患者は、患者自身が選んだ宗教の聖職者による支援を含めて、宗教的及び倫理的慰安を受ける権利を有し、またこれを辞退する権利も有する」とあるが、 この権利は日本では無視されている。
(ヘルシンキ宣言・リスボン宣言の日本語訳は筆者らのウェブサイト http://fumon.jp/参照)

認知症では遅れると自己決定を保障できない

 日本では未だインフォームド・コンセントや個人情報守秘が充分に守られているとはいえない状況である。 患者本人に無断で家族に癌の病名が知らされるようなこともなくなっていない。 リスボン宣言では「判断能力のある成人患者は、いかなる診断法あるいは治療法であれ、同意または拒否する権利を有する」 「患者は自己決定に必要な情報を得る権利を有する」とし、同時に 「患者は、他人の生命の保護に必要とされない限り、その明確な要求に基づいて情報を知らされない権利を有する」 「患者は、必要があれば自分に代わって自己の情報の提供を受ける人を選択する権利を有する」とも宣言している。 これらを実現するために、筆者らは次のような質問用紙を用いて、入院時や検査前に本人の希望を確認している。

 ところが認知症の場合には、この質問用紙が役に立たず、結果としてスウェーデンの看護師に人権侵害を指摘されてしまったのである。
 癌の場合には病気が進行してからでも多くの場合インフォームド・コンセントは可能であるが、認知症では進行してしまうと理解不能となるので  自己決定の保障は不可能となる。日本の介護保険制度は身体障害と認知症の高齢者を対象とするが、認知症の早期発見対策は行われていない。  健康診断も殆ど身体疾患に限られている。認知症こそ健康診断等での早期発見と早期病名告知が望まれる。  さらに、スウェーデンのように、グループホーム等が整備され認知症介護が充実してこそ、認知症の早期病名告知も可能で有意義となる。  認知症が進行しても幸福に暮らせる福祉社会が、情報を知らせた上での自己決定権の保障を実現するのである。
  そして、厳しい病状を本人に告げるにはスピリチュアルケアが必要である。  ある非常に予後不良の癌の治療に関する研究を倫理委員会で審議した際に、研究者から日本の特殊事情が切実に訴えられた。  どんな治療を受けても2、3ヶ月しか生きられないという現実を、患者本人に言えない場合もあるという。  厳しい真実を告げた後のサポート体制が無いからである。西洋の病院では、辛い現実を告げられた後の患者を全人的に、  特にスピリチュアル支えるチームが組織されているが、日本では殆どの病院にスピリチュアルケアワーカーさえも不在である。  医師が厳しい真実を告げる時、および告げた後に、患者はスピリチュアルケアなしに放置されることになる。  リスボン宣言では「宗教的慰安を受ける権利」を保障しているが、日本の医療機関の大部分で僧侶等の宗教者をみかけない。  命に関して医学という科学で扱えるのは延命であり、限りある命を如何に生きるかは個人の宗教の問題である。
  医師や看護師がスピリチュアルケアに関して理解していることは重要である。しかし、スピリチュアルケアは医師や看護師が片手間にできる事ではない。  専門職としてのスピリチュアルケアワーカーが医療機関には必要であるが、日本の医療制度では医療費にスピリチュアルケアワーカーを雇う費用が含まれていない。  イタリアの病院では100床に1人の割合でスピリチュアル・ケア・ワーカーを配置することが義務づけられている。  彼らは2年間哲学、4年間神学、さらに2年間医療司牧に関する勉強をしてスピリチュアルケアワーカーの資格を得るという。  日本の医学部よりも長い計8年間の教育であり、ほぼ大学院博士課程相当だ。  それから病院やホスピスに勤務して先輩から実地指導を受ける。医師の場合と同様、資格を取ってから数年間現場で指導を受けて一人前になる。

進行した認知症患者のケア

 認知症患者のスピリチュアルケアは全人的ケアの一部であり、他のケアから切り離すことはできない。 進行した認知症にはバリデーション療法が適している。患者に客観的現実を知らせるよりも、ケアする側が認知症患者の主観的世界を理解し受け入れるケアである。
 筆者らの施設で以前介護士が認知症ケアで困っていたとき、スウェーデンから招いた認知症ケア指導看護師はバリデーション療法を紹介し見事に問題を解決してみせてくれた。 例えば入浴を拒否している患者、法律で入浴させなければならないと決まっているので、仕方なく無理やり脱がせて入浴させたりしていた。 スウェーデンの看護師達が入浴の方法を教えると言ったとき、日本語もできないスウェーデン人が日本人介護士に出来ないことをできるとは皆信じなかった。 彼女たちは、日本語の歌を覚えてきていた。ハグで挨拶し、患者の目を見て「命短し恋せよ乙女」とか「上を向いて歩こう」など歌って仲良くなり、 一緒に歩き出して、脱衣所は素通りし、湯船の横に腰掛けて、お湯に手を入れて一緒に遊ぶ。すると脱衣を拒否していた認知症患者が自分から衣服を脱いで入浴が可能となった。 イソップ物語の「北風と太陽」の如くであった。
 トイレ誘導を拒否する認知症患者については「トイレに行きましょう」と言ってはならないとの指導であった。 散歩等に誘ってトイレの前に行き、そこで初めて「ここにトイレがあった」と言う。 介助して排泄を済ませた後では、トイレに入る前の散歩等のことは忘れているので、自室に戻ってトイレ誘導を完了することが出来る。
 「帰る」と訴える認知症患者は多い。どこに帰るのか?、若かった時と当時の家に帰りたいのであろう。 「帰りましょう」といって散歩に出る。途中でトイレ等、認知症患者にとって容易でないことを達成すると、現在無い家に「帰る」といって歩き出したことは忘れている。
 スピリチュアルペインと情動的苦痛の境界は曖昧である。しかしスピリチュアルペインという言葉を狭い意味で使う場合には本人の死に関わる苦痛を意味する。 認知症患者の不安も根底には死の恐怖がある。前段で「自分にとって自己の命を超えた価値あるものがあったなら、それがその人の宗教である」と書いたが、 そのような宗教がスピリチュアルケアでは有用だ。従って、スピリチュアルケアワーカーは、あらゆる宗教に対応し、無宗教にも対応するのが原則である。
 日本人は特定の信仰を持っていない人が多いが、それこそが日本人の宗教なのである。 あらゆる価値観を尊重するという曼荼羅の宗教であり、その根拠となっているのは「我という着執」を捨てた仏陀の悟りである。
 日本人の死に関わる習俗・文化は高齢者から次の世代に伝えられる。認知症患者のスピリチュアルケアにおいても、死に関する習俗や文化的伝統が役に立つと考えられる。

仏教とスピリチュアル・ケア

 仏教は、その誕生時からスピリチュアル・ケアであったと言える。釈尊は老人と病人と死人を見て出家した。そして六、七年の後、迷苦から覚醒して仏陀となり、四諦を説いた。
 四諦の苦・集・滅・道は、それぞれ病気・病因・治癒・治療に対応している。 病気は四苦八苦であり、ここで苦は「思い通りにならない」という意味だ。四苦八苦は第八の苦である五取蘊苦に総括される。 色、受、想、行、識という五取蘊は「我」という執着の五つの要素の集合であり、この五取蘊苦こそがスピリチュアル・ペインに対応している。
 病因の集諦は「欲愛・有愛・無有愛の如くの渇愛」と説かれた。「思い通りにしたい」という渇愛から「思い通りにならない」という苦は生ずる。 生殖・生存・死への渇愛が苦の根本原因だ。これら生殖・生存・死の三つは、現代生物学で生命の三要素とされている。 人間の設計図である遺伝子に、生殖・生存・死への渇愛が書かれているのだろう。
 遺伝子の支配(輪廻)から解脱して渇愛の制御(涅槃)ができたなら苦は消滅する。 この涅槃が治癒、すなわち滅諦だ。道諦という治療法は「八正道」だが、ここで「正」と漢訳された言葉は「完全に」という意味であり、生き方の八つの次元で「完全に渇愛を制御して生きる道」だ。 生存と死の両方の渇愛の制御だから「不可能な延命に執着せず」かつ「自殺も望まない」という生き方になる。
 我という執着で、例えば「色」は眼に見えるもの、すなわち「身体」を意味する。この身体は思い通りに若いままではいられない。 必ず年老いて死ぬ。老病死に関して「色」は思い通りにならない、すなわち苦である。思い通りにならないものは我がものではない。 この身体でさえ「我」に所属しないのであれば、他に我といえるものなど何も無いではないか。これが「無我」という無執着である。 この様に悟った人、すなわち仏陀は他人を自分と差別しない。これが「平等」という悟りの智慧である。
 我という執着が完全に無くなった状態は「筏の譬喩」で示される。苦の此岸から楽の彼岸に渡ったら筏を捨てる。ここで「筏」は隠喩(メタファー)であり仏教を指し示している。 まさにメタ(超えて)ファー(運ぶ)であり、仏教は人々を楽の彼岸に運ぶ筏だ。そして筏は捨てられる。仏教は仏教自身に執着しない。 執着しないという教義にも執着しない。
 このような智慧(般若)の完成(波羅蜜多)は到彼岸と詩的に漢訳され、『般若心経』の有名な「五蘊皆空」へと続く。 釈尊が四苦八苦を総じた五取蘊苦(スピリチュアル・ペイン)が空虚となる、すなわちスピリチュアル・ケアである。

日本への仏教の伝播

 西暦紀元前3世紀に世界で初めて本格的な薬草園を作ったアショー力王が、僧侶に生薬を持たせて派遣し仏教を広めた。 僧侶は薬で身体の苦痛を緩和し、仏教で自己存在の喪失(死ぬ)という苦(スピリチュアル・ペイン)を緩和した。
ダミーテキストです、ダミーテキストです、ダミーテキストです
 日本で最初の官立寺院である四天王寺には、敬田院、施薬院、療病院、悲田院の四箇院があった。 敬田院は道場、施薬院は薬局、療病院は病院、悲田院は福祉施設だ。僧侶は看病禅師として活躍し、臨終行儀も発展した。 覚鑁上人の作とされる『一期大要秘密集』は「身命を惜しむべき用心」で始まる。治療可能な間は自殺を望まず治療に専念する。 次は「身命を惜しまざる用心」で、治療不能なら延命に執着しない。生存と死の両方の渇愛制御は四諦に対応している。 そして死に方は生き方に依る。自己の生き方の理想としてきた本尊にヨーガしつつ臨終を迎える。6)

日本では仏教が葬儀や法事も行うようになった

 隣の韓国から日本に伝来した仏教はスピリチュアルケアであり、韓国では現在も仏教寺院や僧侶は葬儀等の死後に関する行事には関わっていない。 ところが日本では、仏教寺院が人の死後にも関わるようになった。この展開には閻魔様と地蔵菩薩が関係した。 死後の道案内をする閻魔は地蔵菩薩の化身であると解釈されて、三十五日の法事の本尊となったのである。 さらに、曼荼羅の中から十三仏が選ばれて、各忌日の法事における供養の対象となった。
 法事を行うのは追善の為である。追善とは、この世での善行を追加できない死者の代わりに、生きている者が仏を供養するという善い行いをする。 因果応報、すなわち善因楽果・悪因苦果である。善い生き方の理想が阿羅漢(供養されるに相応しい者)であり、 歴史上日本独自に十三人の阿羅漢が選ばれて供養されるようになった。供養とは尊敬して御世話するという意味である。7)

「お盆」と「お彼岸」

 日本民族大移動が起こるお盆には、僧侶が棚行といって、各自の家に作られた精霊棚を訪れて施餓鬼を行う。 お盆の準備で精霊棚の幡を織ったのが七夕(棚幡)だ。盂蘭盆経という経典から「お盆」と呼ばれるようになった。これも追善供養の儀礼である。 インドでは雨期が三ヵ月続く。外出困難な雨期を過ごす(雨安居)ために祇園精舎などの寺院ができた。 七月十五日雨安居最後の日に目蓮尊者が餓鬼道で苦しむ母を追善供養で済ったという物語だ。
 彼岸会という日本独自の追善供養は大同元年(806)に桓武天皇によって始められた。桓武天皇は、長岡京造営を妨害したという告げ口を聞いて、 実弟の早良親王を淡路へ流刑にした。早良親王は無実を訴え続けて食事を取らず、淡路へむかう途中で餓死してしまった。 桓武天皇は讒言で親族を餓死させたという点で阿闍世王と共通の苦悩を持つことになった。阿闍世は提婆達多の告げ口を聞いて父王を牢に入れて餓死させようとした。 母韋提希夫人の苦悩に答えて釈尊が「西に沈む太陽への精神集中」を説く観無量寿経で、太陽が真西に沈む春分・秋分の日に関連している。桓武天皇は餓死した弟のために、 春分・秋分の日の前後3日間諸国国分寺で金剛般若経を読ませることにした。その金剛般若経に説かれている筏の譬喩(前ページ参照)から彼岸会と呼ばれるようになった。 阿闍世王の物語は古澤平作(日本精神分析学会初代会長)の阿闍世コンプレックスのもとになった。8)

明治維新後の僧侶寺院引き籠もり

 「治る胃癌と死に至る胃潰湯」という皮肉な題名の論文がある。アメリカの医者と社会学者が日本の医療現場をよく調べて報告したものだ。 日本の文化の特徴として「秘密」を挙げて、日本の病院では患者本人に本当のことを話さないと指摘している。9)
 この文化的特徴が出来た背景には仏教があった。「秘密」の意味は、深遠で言葉による伝達が困難なことであり、多くの日本文化が仏教に倣って師資相承となった。 ところが、明治維新の廃仏以来、仏教が社会から除かれて、スピリチュアルな部分を欠いた形式的な秘密が残った。
 認知症のスピリチュアルケアにおいて僧侶の参加が望まれる。お盆や彼岸の行事、そしてグリーフケアとしての葬儀や法事、 そして僧侶本来の仕事であるスピリチュアルケアの実践には、死に至る病で可能な限り早期から僧侶に関わっていて貰う必要がある。 患者が入院、あるいは施設に入所した時(死亡したときでは手遅れ)、患者本人の了解を得て、菩提寺の僧侶に連絡することから始める必要がある。 スピリチュアルケアワーカーを欠いた医療は日本以外の先進国には無いのである。

文献

1) Sepulveda S : Palliative Care ー a Perspective from the World Health Organization. Dolentium Hominum, 58:16-19 (2005)
2) Mitchell SL,Teno JM. Roy J, Kabumoto G, Mor Vet : Clinical and Organizational Factors Associated With Feeding Tube Use Among Nursing Home Residents With Advanced Cognitive Impairment. JAMA, 290:73-80 (2003)
3) 古田裕清 : 翻訳語としての日本の法律用語. 中央大学出版部, 東京, (2004)
4) プラトン (久保勉訳) : ソクラテスの弁明・クリトン. 岩波文庫, 東京 (1964)
5) JSミル (塩尻公明、木村健康訳) : 自由論. 岩波文庫, 東京 (1971)
6) 覚鑁著(神居文彰現代語訳): 一期大要秘密集. 臨終行儀・日本的ターミナルケアの原点, 222-247, 北辰堂, 東京 (1993)
7) 渡辺章悟 : 十三仏信仰, 北辰堂, 東京 (1989)
8) 小此木啓吾 : 日本人の阿闍世コンプレックス, 中公文庫, 東京 (1982)
9) Long SO, Long BD : Curable cancers and fatal ulcers; Attitudes toward cancer in Japan. Soc Sci Med, 16:2101-2108 (1982)