(別記11:「阿字観」について)

 梵語で「ア」は否定の接頭語です。漢訳すれば「不」「無」「非」となります。般若心経では「不生不滅不垢不浄不増不減」の「不」が梵語の「ア」です。「ア」は前記プラトンの「他」のように「ア」自身でもありません。このような「ア」を本尊としてヨーガを行うのが阿字観です。般若波羅蜜多において「我」は「ア」に一致します。この状態を「阿字本不生際に住す」といいます。

 阿字観では阿字観本尊という掛け軸を用います。掛け軸には梵字の阿字と、一肘量(肘から先の大きさ)の月輪(満月の形、「がちりん」と読む)と、八葉の蓮華が描かれています。
 以下に私達が行っている阿字観の次第(手順書)を示します。

阿字観法
一、入堂 手を洗い、口をすすぎ、心身を浄めて道場に入る。塗香。
二、三礼 阿字観本尊の前で起居礼。
三、着座 姿勢を正してしかもゆったりと安らかに座る。
四、浄三業 未敷蓮華合掌
  観念「蓮華は泥中にあっても浄らかなように、この私の身も心も、
     本来すなわち般若波羅蜜多において清浄である」
五、発菩提心 金剛合掌 「おん ぼうじしった ぼだはだやみ」 三返
六、三摩耶戒 金剛合掌 「おん さんまやさとばん」 三返
七、五大願 金剛合掌
   「衆生は無辺なれども 誓って度さんことを願う
    福智は無辺なれども 誓って集めんことを願う
    法門は無辺なれども 誓って学ばんことを願う
    如来は無辺なれども 誓って事えんことを願う
    菩提は無上なれども 誓って証らんことを願う」
八、五字明 金剛合掌  「あびらうんけん」 七返
九、調息 法界定印を結んで静かに呼吸し息を調え心を静める。阿息観。
十、月輪観 法界定印
 目を半眼にして掛軸本尊の月輪を見つめ、目を閉じて、自分の胸の中に月輪を引き入れる。その月輪をだんだん大きくしていって、その中に自分がすっぽり納まる。さらに建物の大きさの月輪、この町の大きさの月輪、地球の大きさの月輪、宇宙全体の月輪と広げていく。そして逆に縮めてきて、掛軸本尊に戻す。
十一、阿字観 法界定印
 目を半眼にして阿字観本尊を見る。月輪、蓮華、阿字の形と色を充分に観じる。静かに目を閉じて、眼前に阿字観本尊を観じる。眼前に明瞭に阿字観本尊が観じられるようになったら、胸中に引き入れて自分の胸の中に阿字観本尊を観じる。胸中の阿字観本尊をだんだん大きくしていって、自分がすっぽりと阿字観本尊に入る。本尊が我に入り、そして我が本尊に入る。月輪に円満した徳、すなわち貪欲を離れる清浄、瞋恚を離れる清涼、そして愚痴の闇を照らす光明を観じる。八葉の蓮華に清浄なる自分自身の心臓、大悲胎藏生曼荼羅を観ずる。阿字に空・有・不生なる本来の自己を観じる。しばらくしてから、本尊を元の掛軸本尊に返す。
十二、経 金剛合掌
 般若心経一巻を唱える
十三、回向 金剛合掌
 「願わくは此の功徳を以て 普く一切に及ぼし
  我等と衆生と皆共に 仏道を成ぜんことを」
十四、三礼 阿字観本尊の前で起居礼。
十五、出堂 金剛合掌したまま、静かに道場から出る。

 大悲胎藏曼荼羅の中心にある八葉の蓮華について解説します。中心に大日如来、八葉に四仏四菩薩が描かれています。八葉蓮華の直下(通常行者が修法をする位置)には般若波羅蜜多菩薩が描かれています。四菩薩は文殊(右下)、観音(左下)、弥勒(左上)、普賢(右上)です。これらの菩薩が対応する仏陀として、開敷華王、無量寿、天鼓雷音、宝幢の四仏が、それぞれ南(右)、西(下)、北(左)、東(上)の位置に描かれています。これら四仏四菩薩は、それぞれ平等性智、妙観察智、成所作智、大円鏡智の四智に対応しています。四智を合わせた法界体性智が大日如来の智慧となります。
仏教では我執を第七識、末那識といいます。末那識を浄めて平等性智を得ます。第六識、意識を浄めて妙観察智を得ます。眼耳鼻舌身の前五識を浄めて成所作智を得ます。第八識、阿頼耶識を浄めて大円鏡智を得ます。八葉蓮華については、このように観想します。